プロベラ
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乾鮑厨師の熱き想い

乾鮑に魅せられた大食漢の綴り 
衣食足りて ラスパルマス その5 目的地変更
 0700 晴れ外気温8.7度室温14.7度 東3 波高1m視程12km

今年は、例年に増して寒さが厳しく、寒暖変化も激しいようです。
今朝の外気温、もう春は目の前、しかし 先走ってスノータイヤ
交換なんぞすると、ひどい目に合います しばし様子見

けさの函館山です。雪もほとんど無くなりました。


住吉浜です。
お日様は電柱の上あたり、逆光ですからこんな感じです。
海に反射したお日様 力強い息吹を感じます。
今日も頑張るぞ 花粉症なんぞ 何するものぞ

海の色は、時間によって、季節によって変化します。
浅い海は、綺麗ですが、深い海は黒くて不気味です。
エメラルド色のマラッカ海峡の海の色が大好きです。
その次に好きなのが、アクアマリンのアドリア海

インド洋は ビロードの海といわれるように
なぎの時は本当にかがみのようです。
見渡す限り、水平線まで何もなく鏡の上にいるようです。

喜望峰付近は、色彩がありません。
荒れ狂って黒灰色、北上してアンゴラあたりまでは
更に黒くて陰気です
寒流の影響でしょうか 寒くて長袖で過ごしたようです。

色んな事がありまして、船は数日後、Las Palmasに
緊急入港が決定しました。。
| むかしばなし | 07:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
衣食足りて ラスパルマス その4 ベトナム沖で時計を捨てる
0700 晴れ 外気温1.1度 室温12.5度 無風 凪ぎよく視程4km
うっすらとガスがかかっておりますが、磯舟2隻視認

船関係が起源の言葉 数々御座います。
今ご覧になっているこのブログ 正式にはWeb Log といいます
インターネット上の日記です。
ウエッブログのWebは WWW(World Wide Web)
世界中に張り巡らされた蜘蛛のような情報網と訳すのでしょうか。

LOGは日記 辞書には航海日誌とも、出ております。
あるいは、丸太、木ぎれという意味もあります。

大航海時代、船速を図る方法として、
船首(おもて bow)から木ぎれを投げ込み
船尾(とも stem)を通過するまでの時間を計り
船の長さと時間から、船速を計算しました。
その記録を綴った用紙ををログと呼びました。
風向、風速、風力、気温、気圧等
航海に必要な事項を記録した航海日誌
それを ログ と呼ぶようになったとか

毎日毎日木ぎれをほおっていては、無くなります。
それではと ロープを木ぎれに取付、それを船尾から流します。
ロープには等間隔に結び目(knot ノット)を設け
その結び目の数で、船速を図りました。
例えば、規定時間に、6つの結び目迄伸びていたら6ノットと。

1knot=1マイル=1海里=1852m
コンパス方位にすると1分

といっても 1時間もかけて図りませんから
1852/60=30.8m  1分では30.8m
この長さごとにむすびめ(ノット)を作り
何個の結び目が出て行ったかで速度を測りました。
(陸上で使うマイルは(mph=1.609m) 長さが違います)

60分=1時間=1.852*60=111.2km
地球を横方向に移動すると時差が出ます。

これをふまえていただいて
また 新米の失敗話で御座います。

乗船後、毎日 15分 腕時計が遅れます。
その都度合わせるのですが、決まって15分遅れます。
3年前に買った安物の時計 役に立たないと海にレッコしました。
レッコ とは 捨てる という意味です。
錨を降ろすことを アンカーレッコといいます。(Anchor let's go)
寄港地で免税のロレックスを買えばよいと、軽く考えたのです。
これは、とても甘い考えと、後に気づくのですが。

10時のお茶の時
何気なく壁の船内時計を見ていたら、突然15分進んだのです。
あほですね。 これを見て気がつきました。
時刻規正を毎日していたのです。
地球を横に移動しているから時差が出るのは当たり前です。
こんな事も新米には理解出来ませんでした。
覆水盆に返らず 物を安易に捨てられなくなったのは
この折からで御座います。 
 
本船では一気に1時間の規正をしないで、15分ずつ
しておりました。
1時間なら、まさか 時計を捨てる前に気づいたのですが

ちなみに、船では、船内時間(太陽南中正午)
日本時間があり、ベテランは、日本時間のままにして
現地上陸時に、合わせておられました。

まだまだ続く 新米の失敗話
あこがれの Las Palmas 何時になったら着けるやら。


出来るだけ正確に記したつもりですが、専門外(専門は無線)ゆえ
航海、機関関連の稚拙な知識 笑ってお許し下さい。
| むかしばなし | 07:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
衣食足りて ラスパルマス その3 衣の巻その2
 ペナンは、初めての渡航先です。
エキゾチックは当たり前ですが、回教徒の國 何もかも驚きでした。
目だけを出した女性は、謎だらけで目の毒です。
ムラムラッと 欲情をかき立てます。
しかし、イスラム法は厳格です。
禁を犯してきんをとられてはお先真っ暗です。
へんな帽子をかぶった小麦色の若者を見て思い出したのは
「怪傑ハリマオ」

今 テレビのインタビューを見ると 誰彼無く 
わくわくどきどき と言う言葉を耳にしますが
「あんたら 心臓疾患か?」と突っ込みを入れたくなります。
毎日毎日ワクワクどきどきしてると、止まってしまうぞと
そんなに感動する事 毎日あるんかい!
あんたの感情 そんなにやすもんかい!

子供の頃 この番組が始まる前はホントにワクワクでした。
架空話しでなく、そんな日本人がいたとの事でしたから
白人に立ち向かう日本人の姿に胸を躍らせてみておりました。


怪傑ハリマオの歌
歌がまたいいですね、若い頃の 三橋三智也 本当に上手です

怪傑ハリマオ テレビ画面
ハリマオの1の子分に「ドンゴロスの松」がいました。
ドンゴロス ってなんだと 思ってましたが、乗船して知りました。

こんな想い出に浸りながら、サンパン(Sampan)に乗って上陸。
酒場といえど、回教徒の國 おおっぴらに酒が飲めないのです。
楽しかった Aquarium Bar での酒宴 
色々あって 翌日 午后出帆  舟は出ていく吐息は残る

その夜 入浴前に、下着を片付けにいくと見あたりません。
確かに、この場所に干しておいたのです。
そういえば、小舟で、物売りが来ていたようです。
まさか、下着まで持って行かれるとは!

ボストンバックの中には、下着3枚しか用意してませんでした。
その内の、2枚を持って行かれたのです。
先輩達は、抜かりがありません。被害者は私だけ

下着の交換は有りません。
シャツは、素肌にカッターシャツでも良いのですが、パンツは!
何とかしなければ
使える物はとさがすとタオルしかありません
これをパンツの代用にしました。
どうしたと思いますか お考え下さい。

タオルと、ベルトで、にわかふんどし。 情けない姿です、
フリーでは何をするにも力が入りませんから やむなし
数日間 何事もなく過ぎました。

本船は新造船ですが、昔の事ですから 商品を冷やす設備は
有りましたが、人様を冷やすような設備まで有りません。

赤道直下の暑い夜
ドアを開けっ放しで寝ておりましたら 
先輩に寝姿を見られてしまいました。
異様な姿に、仲間を呼んできたようです。

たちまち、船内は爆笑の渦
話題の少ない船内で 数日間物笑いの種を提供いたしました。

翌日 仕事が終わって、部屋にはいると
デスクの上に、新しいパンツが、数枚積んであります。
直接、渡さないのが粋です。

船員は、荷物一つで渡り歩きます。
誰も、余分な物を持っておりません。
その中から、仲間が困っていると見過ごさない
お礼の言葉も御座いません。

学生時代 教官からこんな事を聞きました
各国船員を使う船長の命令
船客が海に落ちた状態

アメリカ人船員には、手当を出すから救助せよ
ドイツ人船員には、 規則だ 救助せよ
イギリス人船員には、勲章をやる 救助せよ
中国人船員      映倫カット(冗談です)
日本人船員      すでに飛び込んで救助中

この言葉を思い出しました。

日本人の暖かさ、惻隠の情、同じ釜の飯を食った仲
たった1枚のパンツですが、この仲間のためなら、
命も要らぬ そんな気持ちになりました。
今、経費削減の折り、マルシップ が少なくなり
異民族混乗大型船の海難事故が多発しております。
こんな船で 私が感じた、仲間意識 沸くものでしょうか?

衣食足りて礼節を知る しまらない落ちで お粗末でした。

  衣の巻 完


| むかしばなし | 08:49 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
衣食足りて ラスパルマス その2 衣の巻その1
0700 晴れ外気温2.2度室温11.5度無風 波浪1m視程12km
積雪無く良いお天気になりそうです。

ラスパルマス(Las Palmas) は、サッカーで
有名 皆様ご存じの カナリア諸島の島です。
地上の楽園 薄人(白人)には ハワイ以上の知名度です

この都市を訪れたい
ただそれだけで船乗りの道を進みました。

単純でお恥ずかしいのですが、三船敏郎
主演映画 「怒濤1万浬」 を見てからです。

第8東丸通信長(中丸忠雄)にあこがれました。
サンタカタリナのパルコ 強烈な印象です
映画そのものは、株主、社長の三船敏郎が目立ちすぎ
興行的には失敗だったようです

Las Palmas に定期航路を持つ船会社は
NYK、OSKだけだったと思います。
この社に入社できるほど優秀でもなく
漁船に乗るほどの意気地もない 

鮪漁船、トロール漁船しか立ち寄らないところです。
本船が立ち寄れるチャンスのない港です。

三船敏郎がスペイン語でやりとりする場面は
かっこよかったです。

息子が船乗りになりたいといえば、親は反対します。
「ラスパルマス」に行ったら 直ぐに下船するという
条件で、この道に進む事を許してくれました。
まず、寄港することは有りませんから

我が子が初めて 就職する場合 
背広1着位 はなむけに与えるでしょう。
母は、仕立屋を呼んで、背広の上だけを作らせました。
ズボンは自分の稼ぎで作りなさいと
ありふれた 紺色 何処でも手に入る生地 
そんなわけで、任地には、学生ズボンで出勤でした。

そして 乗船し、自衛隊機の話しに繋がるのですが、
もう一つ 余分な話しを

私は、大きな船を見るのも初めて
船の知識はまるでありません。
新入りだからと 面倒見てくれる人はいません。
ボストンバック一つで乗船した事から
それは 始まります。

ペナン入港前に盗難注意喚起がありました。
岸壁横付けではありません。沖掛かり  です。

沖掛かりとは 岸壁を使うと料金がかかり
また 岸壁が空くまで待たねばなりません。
沖で艀を使って積載すれば時間節約にもなります。

訪船者もないだろうと 船室の戸締まりだけしました。

船内には、洗濯室 物干し場があるのですが、
機関室ハウス壁側が一番乾きがよいのです。
皆、其処に干してますので私もそれに習いました。

文書だけでは殺風景なので、写真を載せますが
当時のものではありません。 4年位前のものです。

ペナン島とマレー半島 バターワース間のフェリーです。
本船はこの左手 中央部あたりに 沖掛かりしておりました。
このフェリーは昔と同じです。何も変わってません

ペナンの町中です。時が止まったようです。
当時と替わっているのは、車が増えただけです。

ペナンヒルに向かうケーブルカー これも昔と同じ


手前がペナンの繁華街 対岸は バターワース
中央付近に多数の沖掛かりの船が見えます。
ご覧のように、天然の良港です。
大日本帝国海軍華やかなりし頃
ここは海軍潜水艦基地が有りました。
インド洋航行商船の通商破壊の任につきました。

脱線ばかり ご容赦の程
| むかしばなし | 07:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
衣食足りて ラスパルマス その1 食の巻 その1
0700 晴れ 外気温3.1度 室温22.3度 西3 視程12km 波高1m
各地に大量の降雪をもたらした低気圧、
積雪の少ない釧路 どか雪だったようです。
当地は というと 函館山はダイアモンドヘッド 
北海道のハワイと勝手に思ってますが 数センチの積雪でした。

フラッシュバックは、薬物中毒の後遺症と認知されてますが
私の薬物は、アルコールのようです。
40年近く前の記憶が先日の爆音でON状態です。
それまで こんな記憶 ホントに忘れてました。

 衣食足りて礼節を知る

これを実感したのが、あの時の航海で御座いました。
船も、飛行機も同じと思いますが、食料、燃料等は
航海予定日数に多少余裕がある程度を積載してます。

この時は、紅海で長期間足止めを食い、目の前の
目的地を前にして予定より、1ヶ月も長い航海になりました。

油が無くては船は動きません。
タンザニアのダルエスサラーム
緊急入港 燃油補給に立ち寄りました。
河口を少しさかのぼったところでした。
当時はビルもなくだだっ広い川っぷちに給油設備だけ。
何もないところですが、今グーグルで見て驚きました。
大都会になっております。

数時間の停泊ですから上陸は出来ません。
水は補給しません。

この日から、真水使用制限が始まりました。
風呂は、海水槽と清水槽があります。
海水槽で暖まり 清水槽の湯で塩分を洗い流します。
この上がり湯が、桶1杯に限定されるようになりました。
士官も部員も一つの風呂を使用するようになりました。
この水は、製水器で作るので飲用ではありません

喜望峰を替わる頃、食卓から野菜が消えました。
最後まで残っていた、タマネギも見かけなくなりました。
玉子はとっくに食卓から消えてます。

水担当は、セコンドフサー(2等航海士)だったと思いますが
船内全ての、水道蛇口を針金でしばり、
サロンの水道1カ所しか使えなくしました。
清水使用量が減らないので頭を抱えていらっしゃいました。

船は 男だけの閉鎖社会です。
楽しみは3度の食事だけです。
船内融和で最も大事なことは優秀なコック長です。
旨い食事がなによりの、支えです。

本船のコック長(司厨長 しちょうじ と呼んでました)は
捕鯨船上がりで、腕の良さは折り紙付き
毎日変化に富んだ食事を提供してくれておりました。
(田舎者の私には、3食 デパートの食堂で食べるような
贅沢な食事と感じておりました。)

この頃から、しちょうじ の挙動がおかしくなりました。
3度の食事 メニューは何時も同じになりました。
非常食の缶詰ばかり 
しちょうじ も腕をふるう事が出来ません。
事情がわかってますので 皆も寡黙になります。
毎日同じ献立ですから食欲もなくなります。
口を聞けばトラブルの原因になりますから
仕事と食事以外は、皆船室に閉じこもります。
残った食事をかたづけるコック長のお気持ちまで察する
余裕は御座いません。

今日はここまでで御座います。
| むかしばなし | 07:25 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |

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